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大阪高等裁判所 昭和45年(う)246号 判決

控訴人

検察官

被告人

江川稔

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官京都地方検察庁検事吉永透作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する弁護人の答弁は弁護人渡辺馨、同平田武義連名作成の答弁書に記載のとおりであるので、これを引用する。

第一、事実誤認の控訴趣意について

一、被告人を解雇するに至るまでの諸事情に関する事実誤認について

1、控訴趣意二の1の(一)について

論旨は、原判決は、「被告人は、はいづか印刷と雇傭契約を結んで勤務をはじめたが、その賃金が当初、理解していた契約の趣旨と異なり、基本給と歩合給とをもつて構成される体系となつていて、その基本給額が予期に反し甚だ少いものであつた」、と認定し「はいづか印刷」が契約の趣旨に反する低賃金のもとに被告人に労働を強いていたかの如き口吻をもらしているが、被告人の賃金は前の勤務先三菱工業より多い手取二五、○○○円位を支給することとしたのであつて、「はいづか印刷」には賃金についての違約はなく原判決には事実誤認がある、というのであり、弁護人は二五、○○○円の完全月給制であり、はいづか印刷には契約違反をしていた、というのである。

よつて検討するに、原判決が被告人とはいづか印刷との間の賃金関係について右のように認定していることは所論のとおりである。当審における被告人の供述、証人灰塚康幸に対する尋問調書(以下当審証人灰塚康幸の供述という)、被告人の給料明細書(当庁昭和四五年押第七〇号の八)によると、はいづか印刷の賃金体系は、課長以上は月給制であるがそれ以外の者は日給と歩合給で構成されていること、被告人は昭和三九年四月一日はいづか印刷に雇われたが、雇われるに際して、月給であるか日給であるかについて明確な話はなく、ただ手取二五、○○○円(前勤務先の給料よりは多い金額)にするという程度の比較的漠とした話合があつたにとどまること、及び右話合の内容につき、経営者側は同店の通常の給与体系の下で、欠勤なく勤務すれば月額二五、○○○円を保証するとの意味に解していたのに対し、被告人はこれを手取二五、○○○円を保証する月給制の契約であると解したこと、右雇入の日から昭和四一年一月七日解雇までの間昭和四〇年六月分(欠勤六日)を除き、被告人に対する給料は立替分として控除されたものを含めて手取二五、○○○円以上支払われていたことが認められるのであつて、はいづか印刷には賃金の支払に関する違約があつたものとは直ちに認めることができない。(弁護人の答弁は理由がない。)けれども原判決は、その判文自体によつてあきらかな如く、はいづか印刷において違約があつたと認定したものではなくただ被告人において当初、理解していた契約の趣旨と異なつたというにとどまり、契約の趣旨と被告人の理解との間にそごのあつたことは右のとおりであるから、この点原判決には所論のような事実誤認はないものといわなければならない。論旨は理由がない。

2、控訴趣意二の1の(二)について

論旨は、原判決は「職場内の空気に、経営者を家父長的地位に置く封建従属的不明朗な労使関係が瀰漫していることが感受せられるに至つた。」と認定しているけれどもこのような事実は全くなく原判決には事実誤認があるといい、弁護人は右認定は正当であるというのである。

よつて検討するに、原判決挙示の証拠及び当審における証人岩鼻勝の供述によると、はいづか印刷は、従業員約七四名で灰塚義郎が経営し、その娘婿灰塚康幸、実子灰塚輝三、同灰塚慶三らの一族が経営にあたつているいわゆる個人営業の同族企業体であつて、その営業所と灰塚義郎方台所とは接しており、顧客との商談および従業員との重要事項に関する話合いはすべて灰塚義郎の起居する仏間で行われており、従業員は灰塚義郎を「おやつさん」と呼びならわし、従業員中に灰塚義郎と血縁や縁故につながる者があるために、職場での個人の発言の内容が灰塚義郎に筒抜けになる、という様な事情もあつて、職場内で自由に発言できるようなふん囲気ではなかつたこと、被告人は前記賃金に関する点と併せてこの点でも不満に感じ、京都印刷出版産業労働組合(以下京印労という)に加入する動機となつたことが認められるのであつて、以上の様な事実関係について原判決は、「職場の空気に経営者を家父長的地位におく封建的従属的不明朗な労使関係がび漫していることが感受せられるに至つた」と認定したものと解せられるのであつて、原判決には事実誤認はない。論旨は理由がない。

3、控訴趣意二の1の(三)について

論旨は、原判決は「経営者が運転共済会に対し従来支給を続けてきていた協力援助金の支給を爾後打ら切る旨の申し入れをすると、被告人は率先主唱してこれに反対し、右共済会員多数の同意を結集して経営者の右企図を挫折に終らせた」と認定しているけれども、右認定は被告人の根拠なき供述にひきづられた結果、事実を誤認したものである、というのである。

よつて、検討するに、原審の証人西島裕之の供述、被告人の原審第一七回公判廷での供述、当審における証人岩鼻勝の供述によると、昭和四〇年六月頃原判示の運転共済会の運営について、同会員が集合した席上、はいづか印刷の経営者側からいわゆる任意保険に加入するため従来経営者が負担していた一人当り二〇〇円の協力援助費の負担を打切る旨の提案をなしたが被告人が率先して反対したため、右提案は否決されたこと、その後同年末頃再び経営者側から同会員に対し、従来の積立金中剰余金を会員に交付していたのをやめて、いわゆる任意保険に加入し、右交付金をその保険料の一部に充当し、且つ運転共済会の会員を免許証所持者全員とせず、直接営業関係で車両を運転する者のみに限定し、経営者の分担金の二〇〇円を四〇〇円にひきあげる旨の提案がなされ、この提案は全員が賛成し、その旨決定されたことが認められる。当審での証人灰塚康幸は経営者側は、右第二回目の提案をしこれを容れられた事実はあるけれども右第一回目の提案をして否決された事実はない旨供述するけれどもこの供述は信用することができない。原判決には所論のような事実誤認はない。論旨は理由がない。

4、控訴趣意二の1の(四)について

論旨は、原判決は「職場新聞を作り、夏期一時金要求のビラを従業員に配付したり、あるいは、休憩時間を利用し、または従業員の家庭を訪問するなどして京印労への加入を勧誘するなどしさらに同年年末には年末一時金支給日の繰りあげを要求してこれを経営者に呑ませるなど、従業員の権利、利益の伸長、増進、労働条件の改善向上のための活動に努めていたが、他方京印労においても、被告人の右活動を支援し、はいづか印刷従業員に対し、被告人の右活動に同調支持を与えるよう勧説の趣旨を記載したビラを配付するなどの行動にでたため、はいづか印刷の経営者は、被告人や京印労の以上の行動による影響がその従業員に及び、その団結の強化が進み、ひいて労務管理、企業経営に困難を招来するに至ることを危惧した」と認定しているけれども、はいづか印刷経営者側主脳においては、被告人が労働組合運動をしていることも、京印労に加入していることも、被告人がビラ撒きをしていることも知らず被告人を解雇した後の昭和四一年一月九日に至り被告人が京印労書記長等と共にはいづか印刷を訪れたことによつてはじめて被告人が京印労に加入していたことを知つたのであつて原判決には事実誤認がある、といい弁護人は原判決の認定は正当であると答弁する。

よつて検討するに、原審証人藤田康夫、同西島裕之、原審第一七回公判廷における被告人の供述によると、被告人及び西島裕之は京印労杉の木分会に所属し、職場新聞「南京虫」を三回発刊し、これに「はいづか印刷」での職場の状況を記載して、はいづか印刷従業員に配付し、昭和四〇年九月ごろから組合員獲得のため被告人及び西島が従業員やその家庭を訪問して組合加入を勧誘し、同年年末に年末一時金支給日の繰りあげを経営者に要求し、その旨のビラを京印労から撒布してもらい、経営者に右要求を妥結させるなど積極的組合活動をし、京印労もこれに協力したため、経営者側は次第に硬化し、朝礼の席上経営者側が「この中にバツクをもつて会社(はいづか印刷のこと)にものをいう者がある」と発言したり、従業員中組合に所属するものがあるか否かを詮索したり、後記のとおり昭和四一年一月一五日の朝礼で反組合的な言辞を弄し、昭和四一年一月七日被告人に対し解雇の申し渡しをするに至つたことなどが認められ、これらの事実によると、経営者は被告人が京印労の匿名組合員として積極的に組合活動をしていることを確知していたと認めるには疑問が存するけれども、少なくともそのように察知していたことが窺われるのであつて、当審における証人灰塚義郎の供述中、はいづか印刷の従業員の中に、組合員がいることは知らなかつた旨の部分は信用することはできない。右認定事実と同旨の認定をしている原判決には事実の誤認はなく、論旨は理由がない。

5、控訴趣意二の1の(五)について

論旨は、原判決は「経営者側主脳の灰塚義郎が『従業員中に企業の攪乱を企てる者がいる。こんな者はほうり出せ。』などと放言をする始末となつていたが、さらに、昭和四一年一月五日催した新年出勤はじめの式において、同人は『会社の中に赤がいる。そんな奴がいるからビラ撒きに来るのだ。赤をほうり出せ。』などと、暗に被告人を指摘してこれを企業内より排除すべき旨を示唆煽動する趣旨の言辞を吐くに至つた」と認定しているけれども、これは、もとはいづか印刷に勤務していた林両名が退職して「双林印刷」を独立自営し「はいづか印刷」の得意先を荒していることから、従業員の結束をはかるために従来から行なつていた従業員の朝礼において灰塚義郎が「従業員は仲良く協力一致して欲しい。このうちには外部と通じているものがいて、印刷物の見積価格がもれてしまつたものがあるが、そのようなことをしてもらつては困る」旨訓示したほか、昭和四〇年一二月中に女子従業員二名から更衣室で現金の盗難届があつたので、年内は忙しいので被害者達を一応なだめておき、昭和四一年一月五日の新年出勤はじめの式において、「皆仲良くやつてほしい。店の中でもめると困る。お金を盗られた人があるが出来心ということもあるので、警察にいえばすぐわかることだが返してやつて欲しい」旨の訓示をしたのを曲解したにすぎないのであつて原判決認定のような訓示はしておらず、原判決には事実誤認があるというのであり、弁護人の答弁は原判決の認定は正当であるというのである。

よつて検討するに、はいづか印刷経営者側は従業員の朝礼で「この中にバツクをもつて会社にものを言う者がおる」と発言し、反組合的言辞をなすにいたつたことは前説示のとおりであり、当審証人岩鼻勝の供述によると昭和四一年一月五日の仕事はじめの挨拶で灰塚義郎は、被告人や西島の個人を直接にさしての批判ではないが、組合に加入して組合活動をすることを批判する趣旨の発言をしたことが認められるのであつて、これらの事実から推すと、一月五日、灰塚義郎は「この中に共産党がおる。そういう奴がいるから表でビラ撒きに来たりするんだ。そんな奴は皆で追い出してしまえ。」という趣旨の発言をしたとする原審証人西島裕之の供述、原審第一七回公判廷における被告人の供述はいずれも信用性があるものと認められる。当審の証人灰塚義郎に対する尋問調書によると、灰塚義郎は昭和四〇年一二月に女子従業員が更衣室のハンドバツクの中から現金を盗られたことを聞いたけれども、一二月は忙しいので一月まで処置を待つてもらい、一月五日に「警察の方にお願いしていただいたら判ることだと思うが、身に覚えのある者は元通り返しておいてほしい」旨の挨拶をしたにすぎず、西島裕之や被告人の供述にいうような趣旨の挨拶はしていないこというのであるが、年内に従業員にこの程度の話をしてもそれが為に従業員間に反目が生じ志気が粗喪し能率が低下して事業の遂行に支障を来たすという性質のものではないし、新年の挨拶において右のような話をするのは極めて不自然であり、前記4で認定した経過や右当審証人岩鼻勝の供述にてらして右灰塚義郎の供述は信用できない。原判決の右認定には所論のような事実誤認はない。論旨は理由がない。

二、控訴趣意二の2、被告人の解雇の正当性に関する事実誤認について

論旨は、原判決は、「経営者側の行つた被告人の解雇は無断遅刻、無断欠勤が甚だ多いとの理由をもつてしたものであるが、この解雇が就業規則に照らし、はたして正当な理由を具えた有効なものであるか否か甚だ疑問と思料せられるほか、解雇に至るまでに経営者側主脳が被告人に加えてきた前示累次の憎悪に満ちた攻撃的言辞をも併せて考えるときは、被告人に対する右解雇は、被告人の勤労者として認められる京印労への加入及び組合活動を嫌忌し、これを企業内から排除することを主たる動機、目的とした不当なものであることの疑いが極めて濃厚であり、少くとも右解雇は解雇権の濫用によるものであるとの疑いが強いことを否定できないものと考える」と認定し、被告人の解雇につき使用者側に不当労働行為があつた旨指摘しているけれども、はいづか印刷の経営者は被告人が京印労の組合員であることを知らず、無断欠勤、無断遅刻等が非常に多く、勤務状況が極めて不良であり就業規則六〇条一号にてらし懲戒解雇に該当するがあえて普通解雇の取扱いをしたものであつて原判決のような解雇の正当性を疑うような余地は全くなく、原判決には事実誤認がある、といい弁護人の答弁は被告人の解雇は不当労働行為であり無効であることは明白であり、原判決には事実誤認はないというのである。

よつて検討するに、押収の被告人の出勤表(タイムカード)(当庁昭和四五年押第七〇号の五)によると、被告人は昭和三九年四月一日から同年一二月末まで九か月間(ただし、二六日から翌月二五日までを一か月としている)に欠勤三〇日、遅刻九五回(延四九時間二九分)昭和四〇年一月から一二月までの間に欠勤二一日、遅刻一一六回(延七六時間〇六分)昭和四一年一月は欠勤一日、遅刻三回(延三時間四九分)あつたことが認められ、押収にかかる被告人の給料明細(当庁昭和四五年押第七〇号の八)及び、当審における被告人の供述によると昭和三九年六月の欠勤九日、同年七月の欠勤三日は、はいづか印刷としてはいずれも出勤の取扱をしていることが認められるので、被告人の述べる如く、前者は公傷のため、後者は経営者側の命による展覧会出品作品製作のための特別休暇によるものであることが窺われるが、昭和三九年一二月の欠勤中五日ははいづか印刷において、被告人の昭和四〇年四月から受けるべき有給休暇六日の中からこれにあてていることが認められるからこの分は正当な理由による欠勤とは認め難いが、結局昭和三九年四月から一二月までの報酬の支給されない欠勤日数は一三日ということになる。そして押収にかかる就業規則(同号の二)によると「はいづか印刷」の就業規則第三七条(2)号は「正常な作業に支障を及ぼし、または能率が著しく劣ると認めた者」は普通解雇ができるとあるほか、同規則第六〇条(1)号は勤務状態著しく不良なとき、または正当な理由なしに無届欠勤引き続き一四日に及んだ者は懲戒解雇する、とあり、原審第一一回公判廷における証人灰塚康幸の供述によると、はいづか印刷としては被告人を無断欠勤、無断遅刻が多いという実質的懲戒解雇の事由があるが普通解雇の形式をとつたというのである。右認定の勤務状態は、欠勤日数についてみると、昭和三九年は一八日(もつとも中五日は経営者側で翌年の有給休暇を振替えていることは前記のとおりである)、昭和四〇年は二一日で月平均一日ないし二日というにとどまり、ひきつづいて無断欠勤一四日に及んだことは一度もなく、遅刻は極めて多いといわなければならないけれども、一方右就業規則によると、はいづか印刷の勤務時間は午前八時三〇分から午後五時まで拘束八時間半となつていることが認められ、前記出勤表によると被告人ははいづか印刷において、定刻までに出勤した日は残業を含めて通常九時間ないし一二時間前後の労働に服しており、遅刻した日においても、八時間三〇分に満たなかつたのは昭和三九年は一二日昭和四〇年は二九日昭和四一年は二日にすぎず他はすべて八時間三〇分以上の労務に服していることが認められているので、就労時間の点から見れば、さして不良とも言えない状態である。しかし右欠勤日数、遅刻時間、遅刻回数、遅刻日の勤務状況定刻出勤日の勤務状況を総合して考えると被告人の勤務成積は劣るものであることは否定できないし、又分業が進んでいる本件経営者の業務中にあつて、その一角を担当する被告人が無断欠勤や遅刻の多いことは、経営者の業務全体に影響することが大きいことは認めざるを得ないけれども、普通解雇事由である正常な作業に支障を及ぼしまたは能率が著しく劣ることや懲戒解雇事由たる「勤務状態著しく不良なとき」にあたるかどうかは、この点に焦点をおいて詳細に調査しなければ一概に決めかねるところであり、前記のとおり、はいづか印刷経営者は経営対策上反組合的態度をとるに至つたことを併せて考えると、被告人の解雇は、右の出勤状況の外に被告人の組合活動を嫌忌し企業から排除することを主たる動機目的とした不当なものでなかろうかとの疑いを容れる余地がある。もつとも被告人と同じ頃に解雇された中山映造の解雇理由が被告人と同様であり、その欠勤日数、遅刻回数、遅刻時間が被告人と大同小異であつたこと、同人には被告人のような組合関係の問題はなかつたこと、同人は解雇措置を異議なく了承したことは、原審並に当審証人灰塚康幸の供述により認め得られるけれども、このことから被告人の解雇が不当労働行為の疑いは全くないと認定することは早計であり、本件における審理(被告人の解雇の有効無効の問題は、本件の背景をなす一事情に過ぎない)の段階においては原判決が同旨の判断をなしてすくなくとも解雇権の濫用によるものであることの疑いが強いことを否定できないと判断したのは事実誤認があるということはできない。論旨は理由がない。

三、被告人を解雇した後の諸事情に関する事実誤認について

1、控訴趣意二の3の(一)について

論旨は、原判決は「被告人が解雇された後の昭和四一年一月九日、京印労役員及び被告人は、はいづか印刷の経営者と団体交渉をもち、折衝をしたが解決に至らず、さらに団交を重ねることを申しあわせたがその際経営者側は被告人の解雇問題につき、双方間に話し合いのつくまで被告人が出勤を継続することをすくなくとも黙示的に承諾し、その後特段の事情の変動がないのにもかかわらず、一月二〇日午後になつて、被告人の外出中の隙をねらい、突然被告人の入室を阻止し、被告人をして就労の権利を侵害されたと感ぜしめたものであると認定しているけれども、右団体交渉の席上経営者側は被告人の出勤を黙示的に承諾したのではなく、灰塚康幸において明白に拒否しており、その後毎日引き続いて出勤してくる被告人に対し灰塚康幸や営業責任者山口正武がその都度「来て貰つては困る」といつて断つており、被告人の出勤を承諾したことは勿論、黙認したこともなく原判決には事実の誤認がある、というのである。

よつて検討するに、原審証人西島裕之、同藤田康夫、同灰塚康幸の各供述、被告人の原審第一七回公判廷における供述によると、被告人は昭和四一年一月七日解雇を言渡され、同月九日京印労書記長藤田康夫、西島裕之他一名と共にはいづか印刷を訪れて灰塚康夫らの経営者側に会い解雇の理由をききただすと共に解雇撤回を求めて交渉をしたが経営者側では解雇徹回の意思はないということであつたので当日は結論をみず、今後も話合いを続けることになつたが、その際京印労が双方間で話合いがつくまで被告人の出勤を認めるよう申入れたのに対し、経営者側は、明確に反対の意思表示をしなかつたこと、被告人は右京印労の方針に基きその後もひきつづき出勤し、営業所の自席に坐つたが出勤表もなく、仕事が与えられないまま自ら清掃等の雑役に従事していわゆる就労斗争を行つていたが、京印労の組合員達もはいづか印刷付近に来て被告人の解雇撤回を求めるビラ撒きや演説をするようになつたので、同月一六日頃から経営者側は出勤してくる被告人に対し営業所内へ入つては困ると言い出し、一月二〇日午後原判示のような措置を執り引続き本件にいたつたことが認められる。原審証人藤田康夫は右団体交渉の席上組合側の右出勤の申入れに対し灰塚康幸がこれを承諾する旨の発言をしたというけれども、右のように経営者側が被告人の出勤表を設けなかつたことや仕事を与えなかつた事実等にてらすと、経営者側が右申入れを承認したものとは認められず、右は事態を自己の有利に解釈した意見に過ぎぬものと解せられ、右供述は信用できない。右事実によると経営者側は一月九日の団体交渉の際には京印労の右出勤の申入れに対し明確な反対の意思表示もせず放任するような状態になつたが、やがて京印労が解雇撤回運動を積極的にすすめるに及んで、被告人の出勤に異をとなえはじめたものと認められる。この点原判決は「被告人が出勤を継続することを黙示的に承諾した」と認定しているのはやや事実を誤認したものといわざるを得ないが、この誤認は他の事情を併せて考えると判決に影響を及ぼすものとは認められない。論旨は理由がない。

2、控訴趣意二の3の(二)について

論旨は原判決は「京印労役員と経営者側との団交は、同役員自身の勤務時間の都合上、午後五時以後の時間帯における団交を希望したのに対し、経営者側は京印労所属の組合員が団交場所近辺に参集して示威的行動に出ることを危惧したためか、特段の合理的理由を示すことなくあくまでも一般通常の勤務時間帯の団交を主張して譲らず話し合いによる解決につき誠意と熱意を示さないため、じんぜん日時を経過して一月二〇日に至つた」と認定しているけれども、団体交渉がこわれたのは一月二〇日以降のことであり、またそれまで団体交渉が遅れたのは経営者側には被告人が果して京印労に属しているのかどうか判明しないため、京印労に対し、組合員資格を明らかにするよう要求したがこれを明らかにしなかつたこと及び京印労の態度が威圧的にすぎたことなどに原因があるのであつて原判決の認定には事実誤認があるというのであり、弁護人は原判決の認定は正当であると答弁する。

よつて検討するに、原審証人藤田康夫の供述、押収のはいづか印刷、京印労間の団体交渉に関する文書綴一冊(当庁昭和四五年押第七〇号の九)によると、前記のとおり一月九日京印労とはいづか印刷とは今後も被告人の解雇問題について話合いをつづけていくということになり、京印労は一月一四日はいづか印刷の代表者に対し、「一月一七日午後六時からはいづか印刷で団体交渉をしたい」旨の申入れをしたのに対しはいづか印刷は一月一七日、被告人の京印労加入の時期組合費の納入状況および団体交渉の目的の具体的明示を求めてき、これに対し京印労は一月一八日右回答を拒否し、直ちに団交を開くよう要求する旨の回答をした。これに対しはいづか印刷は、重ねて組合加入日時、組合費納入状況について釈明を求め、釈明のあることを条件として一月二〇日午後二時より団体交渉を尊超寺において行いたい等の旨の申入れをし、これに対し京印労は一月一九日「一月二〇日午後六時はいづか印刷で団体交渉を行いたい」旨の回答をしたのではいづか印刷は一月二〇日団交については去る一月一八日の回答書のとおりである旨回答をし、双方の団体開催についての意見の一致をみないまま日時が経過した。そこで京印労は一月二〇日京都地方労働委員会に対し、団体交渉の斡旋を申請する一方一月三一日はいづか印刷に対し二月二日午後六時から「はいづか印刷」で団体交渉を行いたい旨の申入をした。同委員会の斡旋案に対し団交の開催時間についてはいづか印刷は午後二時を主張するのに対し、京印労は交渉員の勤務時間の都合上午後五時以降を主張するなど意見は対立したけれども結局二月一八日団体交渉を開き、京印労は被告人の解雇撤回を求めるのに対し、はいづか印刷はこれを受け容れず結論が出ないままに終り、その後も開催時間について意見の対立をみたまま団交は開かれず、京印労は同地方労働委員会に対し被告人の解雇を不当労働行為として提訴したことが認められる。右事実によると、被告人の解雇に関する京印労とはいづか印刷との間の交渉は一月九日に開かれて以来二月一八日まで遅延したのは、はいづか印刷が被告人の組合加入日時、組合費納入状況の釈明を強く要求し、釈明あるまでは団交を拒否する態度をとつたことに原因があるようであるが、前示のとおりはいづか印刷は解雇以前から被告人が京印労組合員であることを察知していたものと考えられること、原審第一一回公判廷での証人灰塚康幸の供述によると一月七日被告人に解雇を申し渡したところ被告人は組合と話をしたい旨をはいづか印刷に申し出ていることが認められること、ついで一月九日被告人は前示のとおり京印労役員と共にはいづか印刷において灰塚康幸らに対し解雇撤回を申し入れていること等の事情からみると、この時期においては、はいづか印刷としては被告人が京印労組合員であることを知悉していたものと解するのが相当であつて、団体交渉の一方の当事者であるはいづか印刷が被告人の組合加入の日時や組合費納入の状況を知る必要があるものとは考えられず、これらの点の釈明に一切応じようとしない京印労の態度もかたくなに過ぎ、果して本件を話合により解決せんとする意思があるか否か疑を容れざるを得ないが、一方これらの事項を明示しない限り団体交渉に応じないとするはいづか印刷の態度は、相当でないものといわなければならない。検察官のいわゆる「駈け込み訴え」ではないかなどの問題について解決されなければならないのに京印労の不誠意によつてこれが明確にされなかつたから団体交渉が進捗しなかつたとの所論は、本件の右経過からみて正当とはいえないし、掲記する判例は、いずれも本件には適切ではない。原判決の認定には事実誤認はない。論旨は理由がない。

四、控訴趣意二の4、本件行為時における被告人の行動に関する事実誤認について

論旨は、原判決は「はいづか印刷の裁断工場通路内で被告人と寺本力は互に正面対峙する体制となり二、三回接触を繰り返した挙句、被告人がさらに前進行動に出て寺本の前面に当つたため、同人はやや後退し、その際、同人の右後方に左右各一本の支脚(いわゆるスタンド)を支えとして立て置かれていた単車の後端付近に右足が当り安定を失い、よろめいて左方に上体を捻らせながら転倒して尻餅をつき、同時に左手、肘部をコンクリート土間等に当てて同部に加療約一〇日間を要する挫傷を受けた」と認定しているけれども、寺本力は被告人に体当りをされて回転するようにして倒れその際左肩または左脚付近が単車に接触し、左手甲をナンバープレートの角に接触させた後左肘をコンクリート土間で打つたものと推定されるのにもかかわらず、原判決が右のように認定したのは採証の法則を誤つた結果事実を誤認したものである、といい、弁護人は原判決の右認定は大筋において正当である、というのである。

よつて検討するに、原判決挙示の証拠によると、原判示の事実を認めるに十分である。すなわち、被害者寺本力は、原審第一〇回公判廷において、「自分は北側で奥を背にして南を向き被告人は南側で北向きで相対峙し被告人は行こうとして押してくるのに自分は入れまいとして、互に体と体とが二、三回ふれあつた。ふれあつているときに、自分の左肩に被告人がぶつかつてきたので自分はくるつとひつくりかえつた。左の方へ回転して左手を単車のナンバープレートにひつかけて左手甲に切り傷がつき左肘をコンクリートで打つてすこし怪我をした」と供述したがその後原審第二〇回公判廷において「被告人はひつついて押してきて自分はくるつとひつくりかえつた。ぶつかる前から体が触れていてそのまま体全体で押されたという形であつて、左肩で特に押されたという記憶はない」と供述し、結局右供述を考え併せると被告人と寺本とが二、三回接触し、被告人が前へ出て寺本に当りそのまま体全体で押すような格好になつたという趣旨の供述と解せられる。また目撃者である原審証人灰塚慶三もこの点「出てくれ出ないの一悶着があり自分と寺本が南向きになり被告人が北向きに立つていて何回か体と体が接触し間隔がなくなる位寄つてきてその時寺本が倒れた。単車に当つてババンと音がし単車がゆれた。寺本が何故倒れたかはつきりしたことは判らない旨」の供述をし、ほぼ同旨の供述をしている。以上の供述によると、被告人は寺本と相対峙し、互に前進して二、三回接触をくりかえし、さらに被告人が前進して寺本の前面に当り密着して押すようになつたとき寺本がやや後退したがその際右後方にあつた単車に接触して安定を失いその反動で左に回転して転倒したものと認められる。そして右供述からは、寺本の体のどの部分が単車に接触したのかは明瞭でないが、被告人は「寺本が二、三歩後ずさりして単車のナンバープレートに右側のひざ裏をちよつとひつかけてよろけるようにして坐り込んだ」旨供述しているのであつて、この供述をも併せて考えると、原判示のように寺本の右足が右後方の単車後端付近に当つて安定を失つてよろめいて転倒したものと認めることができる。検察官は寺本の受傷の程度は原判示のような経緯で転倒したために生じたものとみるにはあまりにも重いものであり、また寺本は前記各供述において被告人の当り方ないし押し方は寺本が倒れる位であるから相当きつかつたと思う旨供述していること、前記灰塚慶三がバンと音がし単車が揺れた旨供述していること、などをあげて被告人が寺本に体当りをしたために寺本が転倒したものであると主張するけれども、後記のように寺本の受けた傷害は左手甲、左肘の軽度の皮下出血にとどまりそれ以外には異状のない軽徴なものであつて、コンクリート上に倒れながら肘をつけば、転倒させるために特に強い外力を加えなくても、この程度の傷害は容易に発生するものと解せられるし、右寺本の供述は同人が倒れたという結果から作りあげた理屈を主張しているものと解せられるうえ、同人は皮下出血にすぎない左手甲の怪我を単車のナンバープレートにひつかかつて生じた切創であると主張し、どちらの方向にむいて倒れたかというような点についても前後相異なる供述を繰り返しており、寺本の右供述をそのまま信用することはできない。また、単車が音をたてて、動揺したとする点であるが、寺本が後退して単車の後部付近に、自ら安定を失う程度に右足を接触させれば、その衝撃で多少の衝撃音を発し、単車が多少動揺することはありうることであつて、右衝撃音や動揺があつたからといつて、直ちに被告人が寺本に体当りしたということはできない。前記寺本、灰塚、被告人の各供述を採つた原判決の認定には採証法則の誤り及び事実誤認はない。論旨は理由がない。

第二、控訴趣意三、法令適用の誤りの主張について

論旨は、原判決は、被告人の所為を形式的には刑法二〇四条の構成要件に該当するものとしながら、被告人の行為は傷害罪の予定している可罰的程度へ達しないものと判断し、いわゆる可罰的違法論によつて被告人に無罪を言い渡しているけれども、最高裁判所もいまだ右のような可罰的違法論を容認していないところであり、仮に容認されるとしても、その規準は、当該行為がその目的において正当であり、手段において相当性を備え法益の均衡していることを要し、手段の相当性の判断にあたつては補充性を充分考慮しなければならないのであるが、原判決はこれらの具体的規準について十分検討していないのみでなく、本件傷害の程度は治癒まで一二日間を要し、被害者はその間九回にわたつて通院加療を受けたもので決して軽微であるとはいえない。行為の具体的態様も、立入る権限のない裁断工場内へ入るために、立入りを阻止する寺本に対し三〇センチ位離れたところから、かなりの程度で突き当たつたといわゆる「体当り」ともいえるものであり、被告人の本件行為が可罰的違法性がないものとはとうてい認められない、というのであり、弁護人は原判決の判断は正当である、というのである。

よつて検討するに、原判決が「本件被告人の行為は、一応刑法二〇四条所定の傷害罪の構成要件に該当することは否定しえないけれども、暴行罪はもとより傷害罪の予定している可罰性を充たすに足りない」として無罪を言い渡し、可罰的違法性の理論を採用していることは所論のとおりである。右可罰的違法性の理論は、実質的違法論に基き、形式的に構成要件に該当する場合でも、なお当該行為が処罰に値する実質的違法性を備えてないものについて犯罪の成立を否定しようとするもので、当該行為がその目的及び態度が社会生活的見地から反規範性が薄く、発生した結果も軽微で、緊急性、補充性等の状況を備えている行為(ただし、緊急性、補充性は不可欠のものではなく、行為の態様の相当性判断の一事情と解する)については、可罰的違法性がないものとして犯罪を構成しないとするもので、当裁判所もかかる見地にたつて、本件犯罪の成否を検討することとする。

以上の観点から、本件についてみると、原判決挙示の証拠及び当審における事実取調べの結果によると、被告人の本件行為に至る経過及び被告人の本件行為は原判決の「本件公訴事実の時点における被告人の行動ならびにそれに至るまでの経過」として判示している事実のうち原判決二枚目裏三行目「その賃金が云々趣旨と異なり」とあるのを「当初賃金の内容について具体的明確な話しあいがなく、その賃金が被告人の理解していた契約の趣旨と異なり」と訂正し、同四枚目裏六行目「被告人は云々出勤を続けていたが」とあるのを「被告人は京印労の方針にしたがつて同僚に解雇の不当性を訴え、経営者に解雇の撤回を要求するため、従来通り出勤を続け、同月一六日ころから経営者側から出勤に異をとなえられはじめたけれども、一月二〇日に至るまで連日従前のとおり営業所に出勤を続けていたが」と訂正するほかは原判示のとおり認められる。以上の事実関係にかんがみると、本件は被告人の解雇に端を発したものであり、右解雇は前記のように被告人の組合活動を理由とするのではないかとの疑いを容れる余地があるうえ、一月九日右解雇について経営者側と京印労、被告人との間で話し合いが行われた際、経営者側が話合がつくまで被告人が出勤することに明確な反対意思の表示をせず放任する態度をとつたので、被告人は経営者側から阻止せられることもなく連日平穏に出勤してきたが、経営者側はその後、被告人の組合員資格を問題視して京印労との団体交渉を拒否し続ける一方、一月一六日ごろからは、被告人に対し出勤することに異をとなえはじめ、一月二〇日の午後にいたつて突如として被告人の外出中を狙つてピケツトをはつて被告人の営業所事務室への入室を阻止したので、被告人は一旦入室しようと努力したがやがて入室を断念するとともに、入室阻止の不当性を同僚の一人に話をして訴えるため、前記裁断工場へ単身入ろうとしたものである。被告人の裁断工場への立入目的は、右以外に、殊更に職場の秩序を乱そうと意図したものと認めるに足る証拠はないのであつて、その目的自体、右経緯にてらして、不相当なものとは認められない。そして被告人の行為の具体的態様は、被告人は裁断工場入口から平穏に一〇メートル位、奥の方へ歩いて行つたのに対し、後から追い掛けてきた寺本力、灰塚慶三の両名が被告人の入るのを阻止するためその前面に立ちふさがり、退去を求めたが被告人がこれに肯んぜず、寺本と被告人は相対峙し二、三回体の前面が接触し、更に被告人が前進したため被告人の体が寺本の前面に当つたというにとどまるのであつて、被告人は当初から計画的に被害者に右のような有形力を行使して攻撃する意図は全くなく、寺本らが執拗に阻止行為に出たため、なりゆき上二、三回体が接触し、体が当るというやや粗暴な事態が生じたにとどまり、被告人は寺本が転倒したのをみて、裁断工場へ入るのを直ちに中止し、そのまま右通路から平穏に退去し、他に何ら暴行脅迫をなしていないことが認められ、被告人の行使した右有形力の程度は一般社会生活においては殊更問題視されることなく看過される程度の軽少なものであつたと解せられる。さらに寺本力の受けた傷害は、右軽少な有形力の行使の結果寺本が後退しその際右足を傍の単車にひつかけ、そのはずみで体の安定を失い、左に捻じれるように回転して尻餅をつき、その時左肘等をコンクリート床面についた為生じたもので、被告人の行為と右結果の発生との間に因果関係は認めざるを得ないけれども、被告人の全く予期しない経過をたどつて発生したものであるのみならず、傷害の程度は左手肘部の一〇日間を要する挫傷とはいうものの、原審証人吉田静郎の供述によると、骨折はなく軽い皮下出血を起していたものにすぎない。同医師の当初の診断は、経過良好であれば一週間ないし一〇日間で治癒するものとされており、その後寺本は一月二一日、二二日、二三日、二五日、二六日、二九日、三一日と通院してはいるが、手当としては消炎剤の軟膏を貼付した程度であり、同人の主訴により痛みどめの頓服を服用したこともあるが、結局二月一日同医師から治癒した旨告げられて通院を取り止めたことが認められる。一方、原審第一一回公判廷での灰塚康幸の供述によると、経営者側は、本件発生の数日前京都七条警察署警備課へ相談に行つて、京印労や被告人とトラブルが発生した場合には写真を写しておくなどの証拠保全の指示を受け、経営者側は前記営業所入口附近に投光器を備え、常時カメラを携帯するなどして証拠の保全に鋭意留意していた(現に本件現場において灰塚慶三により写真撮影されている)ことが認められるのであつて、この点をも併せて考えると、九回(治癒まで一二日間)の加療をしたとはいうものの、傷害の客観的程度は軽微なものであつたものと解せられる。

以上みたように、本件被告人の行為は、前記のとおりはいづか印刷が被告人に解雇を申し渡したのに対し、被告人は解雇の無効を主張して(被告人が右解雇を無効と信じたことを無下に否定できないことは前説明のとおりである。)交渉継続中、しかも経営者側が突如従来の態度を変更し被告人の事業場立入を阻止したことから発生したもめごとの中に行われたものであり、被告人が本件現場に立入らんとした行為の態様自体、軽微な非典型的な有形力の行使であつて、これらの点からみれば、被告人の本件行為は全体として反規範性の薄いものと認めざるを得ず、発生した結果も極めて軽微な傷害であつて、いまだ刑法二〇四条の傷害罪の可罰的違法性を具備しないものといわなければならない。以上の判断と同旨に出た原判決の判断は相当であり、論旨は理由がない。

なお検察官は原判決はいわゆる超法規的違法阻却事由の存在するとして傷害罪の成立を否定したとも解せられる余地があるとして種々論難する(控訴趣意三の2)けれども、原判決はその判文自体によつて明らかなように可罰的違法性論を採用したものであつて、超法規的違法阻却事由ありとしたものではないから所論は正当でない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

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